ロック聴きの旅は続く 〜渋谷陽一さんに感謝を込めて〜
渋谷陽一さんの訃報から時間が経って、自分がどんな影響を受けていたのかを考えてみた。それは40年近く前からの、長い旅の話だ。渋谷さんのロックを語る言葉は、時には近くで、時には遠くで、常に聞こえていたように思う。その大切な旅の話を、自分なりに語ってみようと思う。
10代後半から20代の自分は、やりたいこともなりたいものも何もなく、未来は全く見えていなかった。それでも音楽だけは聴いていて、80年代中頃の日本の音楽、ニューミュージックから、バンドブームを追いかけた。ルーツを遡って、60年代や70年代の洋楽ロックも聴き始めた。その頃の情報源は雑誌だったので、本屋でいろんな音楽雑誌を漁っていた。ロッキング・オンという洋楽ロックの雑誌に出会ったのは、その頃だった。値段が異常に安かったこの雑誌は、お金が無かった自分にとって、貴重な情報源の一つとなった。
まだ洋楽に詳しくなく、正直、読んでもよくわかっていなかったが、渋谷さんの文章はいつも怒っていた。特にロックを表面的に表現したものに対して、過剰なほどの怒りをぶつけていた。渋谷さんのラジオでも、印象は同じだった。その頃、ライブエイドという、アフリカの難民を飢餓から救うため世界的なミュージシャンが参加したイベントが開催され、ロックは世界を救うものとなっていた。渋谷さんはライブエイドの情緒的なもの、建前的なものを批判していた。その後、ロッキングオンジャパンが刊行され、様々な日本のアーティストのロングインタビューが掲載されると、夢中になって読んだ。
自分が良く聴いていたアーティストが、渋谷さんに問いかけられ、ロックという音楽への向き合い方や必然性を語る内容は、空っぽだった自分にストレートに入ってきた。そこで語られる言葉達は、その頃の価値観を変えるものだった。この世界は暖かくて優しく、みんなが同じ世界ではないと語っていた。この世界は冷たくて厳しい荒野であり、みんなバラバラな世界なんだと語っていた。そんな世界で、既存の方法にとらわれずに、強く思いを叫ぶ音楽がロックなんだと知った。そう思ったら、自分の心がとても楽になったのを覚えている。
多分、それまで自分が無意識に感じていたことを語ってくれていたからだと思う。考えてみれば当たり前なのだが、そんなことを語っている雑誌を初めて読んだ。うまくいかないことが多いのも、人と意見や興味が違うのも、納得できた。この世界がちゃんと見えて、足元にあるように感じた。その時から、自分は、荒野を歩き、「ロック聴き」としての旅を始めたんだと思う。ガイドブックとなる、様々な言葉達とともに。
それから、雑誌やラジオで紹介された音楽を聴き、レコードやCDを買い、ライブにも行くようになり、旅は広がっていった。
レヴューでもインタビューでも、渋谷さんの言葉で一番刺さったのは、自由なアイデアによって生まれた音楽がなぜ生まれたのかを自分の論理で語るところだった。色々な情報やインタビューを題材に、結局は自分の論理で明確に言い切るところは、まさに表現力だった。そしてそこには、それぞれのアーティストが抱える違和感があった。この荒野で感じた違和感を、どうにかして爆発させたいと生まれた表現であると自分は理解した。
ただ、言葉を読んで考えたことと、曲を聴いて感じることが一致しないこともたくさんあった。時々、ロックを聴くのが趣味なのか、ロックを語る記事を読むのが趣味なのか、わからなくなることもあったが、次第に、自分のこの旅には、両方が必要だと思うようになった。
自由なスタイルやアイデアで、個人の思いをぶつけるロックにおいて、今までに無いスタイルでデビューする新人アーティストや、実績のあるアーティストが新たなスタイルにチャレンジする場合、リスナーはそれを受け止める感性との戦いになる。そんな時、インタビューやレヴューの言葉が、その戦いに立ち向かうモチベーションになった。渋谷さんの発する言葉には、その力が強くあった。
渋谷さんの数えきれないほどのレヴューやインタビューの中で今思い出すのは、ユーミンの表現の本質に迫ったもの、RCサクセションの「COVERS」がなぜ生まれたのかを聞いたインタビュー、そしてDragon Ashの「陽はまたのぼりくりかえす」の新しさと素晴らしさを語ったものである。
就職して会社員になり、音楽を聴く時間が減っていっても、ロック聴きとして旅をすることの大切さは、何も変わらなかった。
次に、旅が新たな局面に踏み出したのは、ロックフェスだった。フジロックやサマソニ、ライジングサンと並ぶ形で、2000年にロックインジャパンフェスティバルが始まった。その前にはフジロックに参加したが、自分が読み続けていた雑誌が主催するフェスが始まることに興奮して、前日は一睡もできなかった。初回2日目の小雨の朝、いきなり始まったナンバーガールのあの演奏とグルーヴ。自然にステージに走り出した感触は今でも忘れない。それから数年間は全日参加した。
フェスは、自由に音楽を楽しむことの快感の凄さを感じさせたが、同時に、自分で楽しみ方を考える必要性を与えてくれた。どんなフェスでも誰もが100%満足するタイムテーブルや環境作りはできない。その中で、フェス側の工夫と合わせて、参加者がフェスをどう楽しむかを自分で考えることが重要だった。渋谷さんはプロデューサーとして、多くのメッセージを出した。特に、参加者が主役のフェスという言葉を繰り返していた。それは、一人でも多く、ロックの意志を持った音楽の、自分で考えた楽しみ方を見つけて欲しいということだったと思う。それ以降、多くのフェスが、コロナ禍などの逆風にアイデアと工夫によって立ち向かい、文化として定着しつつあるのは、参加者が自立して楽しむ意識が高まったからだと思う。旅は、フェスを通して、より自由な歩き方を手に入れた。
どこかに旅に出たいけど、どこに行ったらいいかわからなかった自分が、渋谷さんに出会って、ロック聴きという旅を見つけることができた。さらにフェスという体感の場を作ってくれて、自立した旅をプランニングできるようになった。そんなロックファンはきっとたくさんいるだろう。おかげで、何十歳も年下のアーティストの音楽に夢中になれたり、ずっと追いかけてきたベテランアーティストの素晴らしさに再び気づけたりと、今も最高の旅は続いている。
不思議なくらい、旅を始めたあの頃の気持ちは今も変わらない。それは一つの趣味であるだけでなく、生活のベースに染み込んでいる。仕事でもプライベートでも、人との関わり方においても、この旅のことを考えて、答えを出していることもある。これからも、言葉というガイドブックを活用して、ロック聴きの旅を続けていきたいと思う。
本当に本当に、この旅に出会わせてくれた渋谷陽一さんに、心からの感謝を捧げます。ありがとうございました。
アラバキの美しく熱い祭り

2025年4月26日土曜日。ARABAKI ROCK FEST 25を初めて体感した。どのエリアも、本当に気持ち良かったし、混雑していても、参加者みんなが楽しんで並んでいた。フェスって、こんな空気を作れるんだな、って思える1日になった。
高速を走って着いた駐車場から、バスで会場に近づくと、天気に恵まれたせいもあるが、この環境がとんでもなく素晴らしいことに気付く。青空に映える木々の美しさ。澄んだ(ように感じる)空気。フェスはいくつも体感しているが、こんなふうに感じたのは初めてかもしれない。到着してグッズ売り場で欲しかったリーガルリリーのスウェットをゲット。気付いたら、もうAoooのステージ開始が迫っていた。初めてのエリアで焦りながら、「HANAGASA」ステージに急ぐ。リハの「リピート」が聞こえてくるだけで、テンションがハイに。
絶対見たかったAooo。トップバッターらしく、とにかく観客を煽りながら盛り上げる石野理子と、リズムの強い曲でひたすら気持ち良くさせる演奏陣。石野理子の声には、聴く側を選ばないというか、聞いている誰もが同級生になれるような、普遍的な力がある。それがこのバンドの強力なグルーヴに乗ると、その力が倍増してきて、胸に迫ってくる。本当に気持ち良かった。このままどんどん曲が増え、ライブをこなしてきたら凄いことになるだろうな、と期待がさらに膨らむライブだった。
「MICHINOKU」ステージに移動して、町長の挨拶からの10-FEET。彼らの音楽そのものがアラバキの空気になっていると思えるホーム感。いつものフェス定番セットリストの中に、アラバキでの定番「シガードッグ」を聴けた。東北や能登など被災地の復興の話から、どうすれば被災地の人たちの気持ちが伝わるのかについて話していた。気持ちを伝えること、受け止めること、それってまさに10-FEETのテーマだよな、と思う。言葉通り、そこにいたすべての人が一つになったライブだった。ここまで休み無しだったので、マキシマムザホルモンはあきらめて休憩と食事。
その後、久々にフェスで聴くアジカン。リラックスした演奏ではじまり、「リライト」の曲中で、直前にメガネが壊れた事件のMC。そう言えばかなり昔のロッキンで、ライブ中にメガネが壊れたような記憶があった。なんだろうこの再現率は。そして、この日の記憶に一番残った、「ソラニン」のイントロが流れ、青空の下で空気が止まったあの瞬間だ。音楽がこの世界を切り取って永遠を刻むような、この瞬間、この場所でしか感じられない、フェスならではの空気に浸ることができた。同時刻のPEDROをどうしても見たくて、途中で「ARAHABAKI」ステージに移動。
初めてのPEDRO。自分はアユニの歌詞が大好きで、ずっと見たかったチャンスがここに。サバシスターとのコラボステージで、着いたらPEDROがちょうど始まるところ。「ラブリーベイビー」でのアユニは、とんでもなく暴れていた。BiSH解散後のPEDROはあまりチェックしてなかったので、かなり驚いた。けど、アユニの動作の一つ一つが、伝えたい思いに溢れていて、これがアユニのやりたいライブなんだな、と深く納得。アユニ歌詞の中でも好きな「吸って、吐いて」も、かなりハイテンション。その姿に、何だかウルっときてしまった。次の移動をしながら見た、サバシスターと一緒の「beautifulね」では一転、BiSHのアユニに戻ったようで、笑ってしまった。が、後でこの曲が新曲だったことに気付き、歌詞を読んで、これって…BiSHじゃん、すごい、名曲じゃん、と泣く。
「MICHINOKU」ステージに戻ってELLEGARDEN。入場規制の不安を感じて早めに会場に入った。グッズ売り場のエルレ待ちの長蛇の列を見てもアラバキでの人気の凄さを感じたけど、始まる直前の期待感は半端ない。そしてライブ開始後のテンションは全員が燃料満タンというくらいの特別なものだった。ライブは試合であり、社会と戦ってるんだという細美武士のMCも、全員が頷いているはずと思い込める説得力。そして1曲1曲を放つたびに、そのグルーヴが、ステージに、そしてこの会場全部にさらに燃料を注ぎ込み、温度を上げていく。「Strawberry Margarita」では、いつも奥さんへの愛を語るところ、この日は、一番大切なのは愛だろ、帰ったら奥さんに愛してるよと言ってハグしろよ、といったメッセージ。不思議なくらい、心から素直に幸せを感じる。ここにいる全員の、胸の中の冷めた部分が沸騰しきったようなライブだった。
そしてBRAHMAN。ニューアルバム「viraha」発表後ということもあって、どんな構成になるのか、とても興味があった。1曲目「charon」から、このアルバムの曲が効果的に放たれるセットリスト。今、そしてこれから何をめざしていくのか、そんな意志を感じるライブだった。後半、茂木洋晃、細美武士を迎えた曲の後の「満月の夕」でのMCで、自分が何で生きて、生かされているのかを語った。それはいつかまた地震が、災害が来るからだ、といった言葉が重かった。そしてラストのMC。日々いろんな逆風ばかりだけど、泣きながら笑って、こう叫ぶんだ、「順風満帆」。30周年を迎えた彼らの決意表明に感じるこの曲は、真っ暗闇の嵐の中で叫ぶような思いに溢れている。それは、心から信頼できる音そのものだ。
夜になって、この日最後のお楽しみは、リーガルリリーたかはしほのかの弾き語り。いくつものステージを通って、会場の反対側まで移動。遠くでスカパラのライブを聴きながら、暗闇の中でひたすら待つ。寒くなったけど、ゲットしたスウェットを着てるから大丈夫。そして彼女が静かに登場。演奏されたのは「ぶらんこ」「蛍狩り」「アルケミラ」「ハナヒカリ」「ムーンライトリバース」の5曲。リーガルリリーのテーマといってもいい、人と人、いのちといのちの存在と距離を歌った曲たち。ライブや動画でおなじみの曲ばかりだけど、目の前での弾き語りは、ギターの音色、呼吸ひとつひとつが伝わり、ここだけが異世界になって、胸がいっぱいになる。ラストの「ムーンライトリバース」は、聴くたびに感じる棘が刺さるような感覚が、この日は、体温が伝わって温かく感じられた。初アラバキを締める、これ以上のトリは無かった。
本当はもっと見たいステージもたくさんあった中での贅沢な1日だった。特別で、幸せな1日を過ごせたアラバキに感謝。また来ます。
とんでもない歌が鳴り響く

部屋で、街の中で、車で、不意に流れてきた一曲にぶちのめされて衝撃を感じる瞬間がある。音楽を聴いていて幸せを感じるのはそんな時だ。好きなアーティストの作品を隅から隅まで丁寧に掘り出して聴くのも楽しいけれど、たった3分間で、その音の持つエネルギー、破壊力に取り憑かれて忘れられなくなる瞬間がやめられない。ロックミュージックは、そういう力を持っている音楽だと思っているし、チバユウスケという唯一無二のロックンローラーから、僕はそんな瞬間をたくさんもらってきた。
チバユウスケの音楽に惹かれたのは、ロックンロールの可能性を体現したいという強い意志が伝わってくるライブでのカッコ良さだと思う。彼が在籍したバンド、THEE MICHELLE GUN ELLEPHANT、ROSSO、The Birthdayでのパフォーマンスを動画で見て興奮し、実際に見たミッシェルやThe Birthdayのライブでは圧倒的なグルーヴを肌で感じた。しかし、もう一つの理由は、バンドやソロ活動において、驚くほどにハイペースで作品を作り続けてきたということ、そしてそうした作品たちが、僕の心の中に、多くの世界を、風景を、そして強い思いを残してくれたことだった。
ミッシェルを本格的に聴き始めたのは、アルバム「カサノバ・スネイク」から。すでにバンドとしての人気が確立していた頃だ。次に出るアルバムを待ち、さかのぼって過去の曲を聴いた。僕にとってのミッシェルの音は、チバの叫びに反応するように、重量感とスピードがどんどん増していくバンドの音が生み出すグルーヴだ。それは絶対に揺るがない「本物」としか言いようのない音であり、同時にその歌詞の、映画のワンシーンのような、そして「世界の終わり」や「ドロップ」のような、深い想像力をかき立ててくれる世界に惹かれた。伝説と呼ばれるようになった、テレビで急遽演奏した「ミッドナイト・クラクション・ベイビー」での凄まじいグルーヴに、めちゃくちゃ興奮した。彼らのライブが、テレビでも何かを起こせるって思えたからだ。
そしてその後の解散発表。初めて体験する彼らのライブが最後のライブになり、その音を深く感じたくて前方でもみくちゃになりながら、息もできなくなるほど全身で感じた爆音が、僕にとってのミッシェルのライブだった。
胸の中で特別に刻み込まれている曲がある。それが、後期のミッシェルの活動と並行して始まった、多くのファンに名曲と呼ばれているROSSOのファーストシングル、「シャロン」だ。
ミッシェルが、重量感とスピードでロールしていくような音だとすると、「シャロン」は、何かに向けて一点を突き抜けて行くような音だ。こんなにも激しくストレートな曲が、こんなにも多くの思いをまき散らし、胸いっぱいの切なさを感じさせるってことが、自分にとっては初めての経験だった。この音が向かっている一点は、誰もがどこかで必ず胸に抱えている大切な場所のように思えた。
冬の星に生まれたら
シャロンみたいになれたかな
時々 思うよ 時々
ねえ シャロン 月から抜け出す
透明な温度だけ
欲しいよ それだけ それだけ シャロン
何なんだろう、この歌詞。
憧れと、絶望をこんなふうに歌って、そして、
こんなに綺麗なロックンロールが作れるんだ。
その時思ったのは、そんな感覚だった。
ROSSOの活動を終え、The Birthdayを結成して、そして新たにソロ活動を始めても、1年あるいは2年のペースで新しい作品が生み出され、多くのライブ定番曲が生まれていった。
これだけの実績を得て、さらに新たな作品を作り続けるってのは、たぶん大変なプレッシャーだし、本当にストイックでなければできないことだと思う。僕はアルバム「I'm Just A Dog」をよく聴いた。ギターがフジイケンジに変わった新体制でのこのアルバムは、もう一度、ロックンロールの楽しさと切なさをいっぱいにふくらませてくれるアルバムで、ここからまだまだ転がっていけると思える音だった。
アルバム「COME TOGHTHER」に収録されている「くそったれの世界」は、こんなふうに始まる。
とんでもない歌が
鳴り響く予感がする
そんな朝が来て俺
チバがこれまで作品を作り続けてきた思いって、まさにこんな感じなんじゃないか、と思えるほどストレートな叫びからこの曲は始まる。どこからか流れてきた曲が、一発で世界をひっくり返すくらいの衝撃を与える瞬間。こんな曲が聞けるんだったら今すぐ死んでもいいと思えるような瞬間。チバはいつもそんな瞬間を思い描いて作品を作っていたんじゃないか、と思えた。この曲は「シャロン」と同じ、冬の曲だ。そしてこんなフレーズで終わる。あまりに純粋としか言いようのない思いが伝わってきて、何度聴いても、身体が熱くなる。
世界中に叫べよ
I LOVE YOU は最強
愛し合う姿はキレイ
お前のその
くそったれの世界
俺はどうしようもなく
愛おしい
この4月にリリースされた、既に録音を終えていた3曲をメンバーが完成させた「April」を聴いて、チバは最後まで新しいチャレンジを続けていたことを感じた。2021年リリースのフルアルバム「サンバースト」、2022年リリースの4曲入りシングル「月夜の残響 ep.」、ソロアルバム「SINGS」にはどれも、よりパワフルな、ストレートな、そしてロマンティックな名曲たちがあふれている。そう、チバは僕らにとんでもないほど最高なものを残してくれたんだ。
音楽で現実をひっくり返せると感じさせてくれた、世界中に鳴り響くロックンロールを。そして、この世界には、こんなにも綺麗なものが存在するということを気付かせてくれた純粋なロックンロールを。
もう一つ。このくそったれな世界とともに、僕はまだまだ転がっていこう、と思えるロックンロールを。
チバユウスケに、心からの感謝を込めて。
この空白を返す日まで

17年以上も同じ時を過ごしてくれた、愛犬との別れを経て、半年が経つ。予想はしていたけど、当たり前のようにそばにいてくれたものがいなくなってしまうということを受け入れられるようになるのは、なかなか難しい。頭では理解しようとしても、身体が受け入れてくれない。胸の真ん中にぽっかりと、底の見えない空洞があるような、いや実際あるんだけど、それをどうしたらいいのか、全くわからないままだ。だってちょっと前までここにいて…と考え出すと止まらなくなるので、考えないようにする。別れってこういうものなんだと、この歳になって今さらながらに気づく。
そして、今までずっとそうだったように、受け止めきれないことを何かに頼るように、音楽を聴く。リーガルリリーのライブに行こうと思ったのも、そんな時だった。7月2日、日比谷野外音楽堂。今、YouTubeで配信されたそのライブの1曲目、「ジョニー」を見ながら、あの時感じたことを思い出した。
リーガルリリーを知ったのは、セントチヒロ・チッチが銀杏BOYZの「夜王子と月の姫」のカバーで、バックで演奏しているMVを見たとき。3ピースで、見た目と違った轟音が気持ち良かった。めっちゃカッコいい。でもちゃんと聴き始めたのは、去年の始めに「たたかわないらいおん」を聴いて、歌詞が気になって気になって何度も聴いたとき。そこから遡って初期の曲も聴いた。
そしてアルバム「Cとし生けるもの」にどっぷりはまった。たかはしほのかの曲の世界は、常に何かに対して叫んでいる。ふわふわした歌い方が、あるとき一瞬で爆発する。いや、ふわふわしているのは、爆発する準備かもしれない。誘っておいて、思いっきり、撃つ。自分が感じている違和感を、世界に放って、そしてどうなるかを確かめているように。
静寂と轟音。優しさと激しさ。どの曲も、ゼロからMAXまで振り切った音を鳴らす。
インタビューでたかはしほのかは、音楽を作るきっかけは、「怒り」の感情が大事だと言っていた。明らかに、彼女の歌詞には、「今生きていること」への、どうにもならない居心地の悪さを感じる。
7月2日、晴天。かなり暑い。我慢できずに早く来てしまい、リハの音を聴きながら初めてのライブを想像しながらビール。最高な気分。夕方になって、いよいよ開場。後ろまで埋まってうれしくなる。1曲目は「ジョニー」。
“ばかばっかりのせんじょうに〜”と、たかはしほのかの声が響く。何だろう、この感じ。聴きたかった音、いや、感じたかった空気。そう、ここがいたかった場所だ。身体のどこかで固まっていた部分がゆっくり崩れていく。何かに包まれるような感覚。
野音の空気に、3人のたたずまいが自然にはまって見える。リズムを刻み、一つになって、熱を帯びる。そこに流れるメロディーと、真っ直ぐに放たれた声、こえ。
前半はミニアルバム「where?」からの曲が中心。ドライブ感の強いナンバーが多く、野音という環境で、より開放的な空気が広がる。こんなに音に包まれた感覚になったのは久しぶりのような気がする。ずっといたかった場所に、今いるんだ。そう思えた。
そんな感覚を最も感じたのは、後半の「ハナヒカリ」「ノーワー」「1997」と繋がるシーンだった。細い糸をピーンと張ったような静けさの中で、悲しくて美しい情景が広がった「ハナヒカリ」。続く、”君は全てを体に入れて受け止められなかった〜”と歌う、「ノーワー」の歌い出しで、自分が今日何を求めてここに来たのかが、はっきりわかったような気がした。そして「1997」。その前のたかはしほのかのMC。
「1997年12月10日。私はこの世界の空白を一つ奪いました。そしていつかまたこの空白を返すまでのお話です。」
それは、彼女が居心地の悪さを、音楽によって浄化しようとするような、音楽に向かう決意を吐き出した言葉のように感じた。そして始まったミドルテンポのビートが、うねって、うねって、その決意の強さを、見せてくれた。
自分にとっての、ロックンロールに対する信頼というものがある。その前提は、日常と呼ばれているこの世界は、よく見たら、いつ全てが無くなってしまうかもしれない、何もない荒野のような脆い世界であるということ。そんな荒野に立って、どれだけ踊れるのか、楽しめるのか、気持ち良くなれるのか。音楽を聴く意味はそこにあった。当たり前も普通なんてものもどこにもなく、自分が感じている悲しみや怒りを吐き出して、楽しむこと、気持ち良くなることが何よりも大切だと思っている。
リーガルリリーのロックは、そんな荒野にいる。今生きていることの危うさを、確かさを、叫んで、鳴らして、バンドのグルーヴに巻き込むことで、気持ち良くなれると感じさせてくれる。それは自分が一番自然でいられる、いたかった場所なのだ。
アンコールのラストは、「蛍狩り」。ポエトリーリーディングのスタイルでこんなふうにバンドのグルーヴと一つになって展開していく曲を、他に知らない。光を放つ蛍に対して、”きみみたいな終わり方をしたい”と語りかける。いのちというもの。生きていくということ。そんなシリアスなテーマが、”輝きを放て”と繰り返し叫びながらラストを迎える。聴けば聴くほど、ロックンロールだ。
半年前のあの時、自分が思ったこと。それは、絶対に「きみ」みたいに生きたい、いや、生きる、という決意だった。
17年も頑張って生きてくれた、最後の日のあの瞬間まで、本当に全力で生きる意志を見せてくれた「きみ」に対して、それが自分にできる最大の感謝であり、決意だった。
もうかなりいい歳のおっさんになったが、日々出くわす出来事にストレートに反応していたいと思う。冷静であることと、感情を表に出すことは両立する。でもそう思えるのは、リーガルリリーのような音楽がそばにあるからこそだと思う。
この世界に存在している限り、「出会い」と「別れ」は何度も繰り返され、いつか自分自身も、この世界と別れていく。リーガルリリーの音楽は、そんな、どうしようもないほど当たり前の事実に、何度も何度も戦いを挑む。その音楽を受け取った自分も、まだまだ戦えることに気付いて、次に向かう。この空白を返す日まで、決意を持って、全力で。